東南アジアのLNG利用拡大を推進する日本に国際批判

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東南アジアのLNG利用拡大を推進する日本に国際批判

企業利益のために東南アジアのLNGを推進する日本の動きに国際批判が集まっている。

2025年7月29日 – Tim Daiss/Energy Tracker Asia

    この記事の要旨


    情勢不安などを要因に、東南アジアのLNGの使用が増加傾向にあり、さらに現在の輸入能力の約3倍にもあたる輸入プロジェクトが計画されている。

    ゼロ・カーボン・アナリティクス(ZCA)LNGの受け入れ拡大は東南アジアのエネルギー安全保障にマイナスの効果をもたらすと分析する。

    それにかかわらず、自社利益確保のために東南アジアのLNGプロジェクトを推し進める日本の大手ガスおよびエネルギー事業者と日本政府の姿勢に国際批判が集まっている。




    LNGと東南アジアのエネルギー安全保障

    近年、東南アジアではエネルギー需要の高まりを背景に、LNG(液化天然ガス)の利用が急増している。東南アジアのエネルギー安全保障は、非常に重要な岐路にあり、その中心にあるのがLNGだ。イランとイスラエルの対立や、3年以上続くロシア政府によるウクライナ侵攻といった国際的な火種が途切れぬ中、エネルギー価格の変動性や供給の混乱はより一層高まっている。

    現在開発中の東南アジア全域におけるLNG輸入プロジェクトは膨大な規模であり、すべて完成した場合、年間の総輸入能力は1億1,100万トン(mtpa)に達し、総投資額は118億米ドルにのぼるという。これは現在の輸入能力のほぼ3倍に相当する。


    LNGはなぜエネルギー安全保障に貢献しないのか

    ​​しかし、ゼロ・カーボン・アナリティクス(ZCA)の研究者ダリオ・ケナー氏は、「東南アジアは、LNGの輸入によってエネルギー安全保障を確保できるのか」という点を掘り下げた結果、むしろLNGの受け入れは東南アジアにエネルギー安全保障とは逆の効果をもたらすと分析している。

    裁定取引

    まず、東南アジアがLNGへの依存を続ければ、地域が抱えるエネルギー安全保障の問題は、価格の変動性と裁定取引(アービトラージ)*により、一層深刻化するとケナー氏は指摘する。

    *裁定取引(アービトラージ取引)とは 異なる市場間で、同じ商品の価格帯が異なる場合に、その価格差を利用して利益を得る手法。

    LNG市場における価格裁定は決して新しい現象ではないが、これまでは、アジアのLNG価格が欧州より高い水準にあったため、売り手がアジア市場を優先してきた。しかし、この力学に変化が起きている。

    ケナー氏によると、現在のアジアは、LNG価格の変動リスクや、突発的な欧州からの需要増加という不確実性を受け入れざるを得なくなっているという。つまり、近年、トレーダーはより高い利益を得るために、LNG貨物をアジアから欧州へ振り向けてきた。そして、この傾向は欧州のLNG需要が高止まりする限り、今後も続く可能性が高い。

    米国とカタールからのLNG供給増加

    ケナー氏は、世界有数のLNG輸出国である米国およびカタールからの新たな供給が、不確実性をさらに高めている点も指摘する。両国とも、既存のLNG生産国でありながら、現在もさらなる生産能力の拡大を進めている。

    北米のLNG輸出能力は、2024年から2028年の間に急増する見込みであり、現在建設中のプロジェクトが計画通り稼働すれば、2年前の2023年には1日あたり114億立方フィートだった輸出量が、2028年には244億立方フィートと、まさに2倍以上に達するとされている。

    2016年~2018年のプロジェクトごとの北米の液化天然ガス輸出能力と2028年までの見通し
    2016年~2018年のプロジェクトごとの北米の液化天然ガス輸出能力と2028年までの見通し(出典:eia

    カタールのLNG増産計画はさらに強気である。同国は2027年までに生産量を年7,700万トンから1億2,600万トンへ、そして2030年以前には1億4,200万トンへと引き上げる方針を示している。これは生産能力を80%以上増加させる計画になる。

    海上輸送ルートの混乱

    LNG供給の拡大にともなって懸念されるのが海上輸送ルートの混乱だ。LNGの生産量が増え、各国がそれぞれの電力部門でこの燃料への依存を強めるほど、輸送の途絶や遅延といったリスクへの脆弱性も高まる。その対象には、地政学的に不安定なホルムズ海峡や、昨年2024年に世界物流のボトルネックとなったパナマ運河も含まれる。

    ▶︎ホルムズ海峡封鎖による日本のリスク

    ホルムズ海峡
    ホルムズ海峡が封鎖された場合、日本は他アジア諸国と比べても最大の経済的打撃を受ける。

    パナマ運河では2024年、気候変動とエルニーニョ現象を原因とする水位の低下により深刻な輸送障害が発生し、数十億ドル規模の経済損失をもたらした。パナマ運河は、米国のLNG輸出業者にとってアジアへの最短ルートであり、過去10年でパナマ運河を通る日本、中国、韓国、インドへの輸出量は大きく増加している。

    トランプの貿易関税政策

    ドナルド・トランプ米大統領によるASEAN諸国への圧力も東南アジア地域を数十年にわたるLNGの長期購入契約に縛りつける要因となり得る。ベトナムタイはすでに、米国からのLNG輸入を増やすことで、今後の関税引き上げへの対抗措置とする方針を表明している。これに続いて、日本、韓国、インド、台湾にも同様の動きが見られている。

    ▶︎石破がトランプに約束した「記録的数量」のLNG


    日本の介入が東南アジアのエネルギー転換を阻む

    ​​米シンクタンク、エネルギー経済・財務分析研究所(以下、IEEFA)のアジア地域のLNGおよびガスを専門にするクリストファー・ドールマン氏は、日本が東南アジアのクリーンエネルギー転換における主要な障害になっていると指摘する。

    日本は東南アジアのLNGプロジェクトへの資金の提供、インフラ整備をほとんど歯止めなく継続し、影響力を維持し続けている。「日本は、LNG価格の地域ベンチマークを握っており、現地介入を行うことでエネルギー政策に影響を及ぼしている」と、ドールマン氏は指摘する。

    東京ガス、大阪ガス、中部電力といった日本のガス事業者、日本最大の発電会社JERAなどは、依然としてLNG戦略の推進に意欲的だ。というのも、これら企業は生産者との契約過多の状況にあり、LNG供給過剰の状態が続いている。そのため、日本には世界のLNGサプライチェーンで支配的な立場の維持を求める圧力が存在する。

    利害の衝突

    日本が気候変動対策として推進している多くの「誤った解決策」にも国際的な批判が集まっている。同時に、日本が戦略的に展開している、クリーンエネルギーを推進し、化石燃料からの脱却を促進しているかのような広報が、実態とはかけ離れていることにも指摘は相次ぐ。

    独国際放送ドイチェ・ヴェレ(DW)の最近の報道は、この矛盾を端的に指摘した。日本は2022年のG7サミットで化石燃料への資金提供の停止を呼びかけたが、実際には天然ガスプロジェクトへの資金提供では世界をリードしているとされる。注目すべきは、2013年から2024年の間に、日本の政府系金融機関が石油・ガスプロジェクトに対して930億米ドルの投資を行っており、そのうちLNG関連の海外投融資が560億米ドルに上っていた点である。

    ▶︎東南アジア地域における化石燃料投資評価報告書が、日本の金融機関が最も多くの資金を化石燃料プロジェクトに投資していることを指摘

    ノルウェー国際問題研究所(NUPI)のエネルギー研究センター長インドラ・オーバーランド氏は、「LNGは石炭と比べてそれほど温室効果ガス排出量が低いわけではない。まずはその前提を踏まえるべき」と踏み込んだ見解を示し、以下のように結論づけている。

    「天然ガスは依然として『移行燃料』として大々的に語られているが、多くの国、地域はすでにその言説からは距離を取っている。一方で一部の東南アジア諸国は『排出削減のためにLNGが必要』と主張し続けている。しかし、これは誤った言説だ。LNGによる温室効果ガス排出の多くは輸入国の外で発生しているのだから

    日本に求められる政策レベルでの転換

    LNGは決して理想的な「移行燃料」ではない。現在LNGプロジェクト、供給契約、インフラ整備に投じられている資本は、本来であれば再エネ、特に太陽光や風力といった電源に振り向けられるべきものだ。

    エネルギー経済学の観点から見ても、LNGが世界のエネルギー主役の座に居続けるべき時代はすでに終わりを迎えている。再エネは数年前から、建設コストも含めて化石燃料を上回る競争力を持つ。

    洋上風力発電のイメージ
    海に囲まれる日本は洋上風力のポテンシャルが高く、潜在的発電能力は世界屈指と見積もられている(Photo:Shutterstock/Nikolay_photo)

    それにもかかわらず、天然ガスが移行燃料としてもてはやされる現状を打破するためには、政策レベルでの転換が必要となる。特に、世界最大のLNG輸出国である米国と、最大の輸入国である日本において、その必要性は大きい。

    米国では、2026年11月の中間選挙でトランプ氏率いる共和党が下院の多数派を失えば、2年以内に新たな立法措置が講じられる可能性がある。日本においては、立法へのハードルはさらに高く、より強い政治的意思が求められる。

    しかし、東南アジア各国にとって、LNGや化石燃料の既得権益から距離を取り、独自に持続可能なエネルギーの未来を切り拓くことは未来に不可欠なのだ。

    この記事はEnergy Tracker Asia掲載のTim Daissによる記事  “LNG Usage in Southeast Asia Should Be Ending, Not Moving Forward, Experts Claim”(公開日2025年7月16日)を翻訳、編集の上公開しています。


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    ▶︎ホルムズ海峡封鎖で日本に何が起きるか

    ▶︎東南アジアの化石燃料投資評価で日本が「最悪の」資金提供国に

    ▶︎IEEJによる天然ガス需要の堅調な成長予測、専門機関は非現実的と指摘

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