IEEJによる天然ガス需要の堅調な成長予測、専門機関は非現実的と指摘
北海道、石狩LNG基地のLNGタンク
2025年5月26日 – Viktor Tachev/Energy Tracker Asia
最終更新日:2025年6月24日
この記事の要旨
日本の有力な研究機関である日本エネルギー経済研究所(以下、IEEJ)は、他の主要機関と比べて著しく高い天然ガス需要、二酸化炭素回収・貯留技術(以下、CCS)導入を前提とした排出削減想定、並びに二酸化炭素排出量の増加を予測している。
国際研究機関ゼロ・カーボン・アナリティクス(ZCA)は、IEEJが将来のエネルギー情勢を予測する際に採用した、天然ガス需要、CCS導入、温室効果ガス削減手段などに関する主要な仮定の想定が非現実的であると分析。
ゼロ・カーボン・アナリティクスは、IEEJが、日本政府および産業界の化石燃料依存の方針、化石燃料供給体制の維持を前提としたインフラ投資や輸入継続を、再生可能エネルギー(以下、再エネ)拡大に優先させるべきという主張を補強しようとしていると指摘している。
IEEJ「Outlook 2025」による強気な天然ガス需要予測
IEEJは、将来のエネルギーシステムに関して2つのシナリオ(将来の見通し)を提示している。1つ目の「レファレンス(基準)シナリオ」は、低炭素技術やエネルギー効率に関する現在の進展が今後も同程度のペースで継続することを前提とする。2つ目の「技術進展シナリオ」は、エネルギー安全保障および気候変動対策に向けた最大限の政策が実施され、ならびに再エネのコスト低下がさらに進展するという想定に基づいている。
ゼロ・カーボン・アナリティクスによると、これら2つのシナリオは、国際エネルギー機関(以下、IEA)や、エクソンモービル、BPといった化石燃料の大手エネルギー企業が公表している見通しと大枠での比較が可能となる。
ところが、IEEJは、現状の傾向を前提としたレファレンスシナリオで、2050年のガス需要をIEAと比べて20%高く見積もっている。これはエクソンモービルやBPといった石油ガス大手による予測よりさらに楽観的な見通しだ。IEEJによるこの強気の予測は、発電部門における天然ガス利用の増加に基づく。IEEJは、現在の傾向が続いた場合、2030年から2050年にかけて年間の天然ガス需要は年間約9,500億立方メートル(950bcm)増加すると見通している。
ちなみにIEAは、同期間(2030年〜2050年)に天然ガス需要が1,170億立方メートル(117bcm)減少すると見込んでいる。一方で、IEEJは電源構成に占める天然ガスの割合は、レファレンスシナリオで25%、技術進展シナリオで15%と見積もっており、IEAのそれぞれ11%、5%という割合を大きく上回る。
また、IEEJは、技術進展シナリオにおいて、2050年時点での化石燃料の需要をIEAの「表明公約シナリオ(Announced Pledges Scenario, APS)」と比較して26%高く予測している。それにもかかわらず、二酸化炭素排出量の増加は10%にとどまるとしており、その根拠をCCSの大規模な導入とする。しかし、科学者やアナリストの間では、CCS技術は排出量を削減するどころか、増加させる可能性すらあると指摘されており、この前提は現実的とは言いがたい。
IEEJの見通しでは、2030年以降に建設される新設火力発電所にはすべてCCSが導入されることとなる。その結果、2050年にはCCSを備えた火力発電の設備容量が1,137ギガワットに達すると見込んでおり、これはIEAの想定(183ギガワット)の6倍以上に相当する。しかし、ゼロ・カーボン・アナリティクスの調べでは、2023年時点の世界におけるCCS火力稼働容量はわずか0.11ギガワットにとどまり、ここでもIEEJの予測は現実性を欠くとされる。
さらに、IEEJとIEAのシナリオの差異は、東南アジア地域の予測において一層顕著となる。レファレンスシナリオおよび技術進展シナリオに基づくIEEJの見通しでは、2050年の天然ガス需要はIEAの予測と比べて、それぞれ1.7倍および3.5倍に達している。この背景には、IEEJが2050年の天然ガス需要予測を2024年時点の予測から、大きく上方修正した経緯がある。
左:現在の傾向が続いた場合(IEEJリファレンスシナリオとIEA公表政策(STEPS)シナリオの比較) 右:エネルギー移行が加速した場合(IEEJ技術進展シナリオとIEA表明公約(APS)シナリオの比較)
IEEJの東南アジア地域の2050年の天然ガス需要の予測値は、2024年から約50%引き上げられた。
結果的に、IEEJが予測する電力供給に占める天然ガスの割合はIEAの見積もりと比較して、レファレンスシナリオで2倍以上、技術進展シナリオで8倍以上となり、その分、再エネの割合が低く見積もられている。
再エネの競争力を過小評価──天然ガス優位の構図を強調
改めて再エネに焦点をあてると、まず太陽光について、IEAは2022年から2050年にかけて17倍に拡大すると見込んでいるのに対し、IEEJのレファレンスシナリオでは成長は8倍にとどまっている。技術進展シナリオでも、IEAが23倍の増加を見込むのに対して、IEEJは13倍と控えめである。
風力についても同様の傾向が見られ、IEEJの風力発電の伸び予測はIEAの予測と比較して、レファレンスシナリオにおいて3分の2近く、技術進展シナリオにおいて3分の1少ない予測となっている。
コストについては、両機関とも、アジア地域における再エネ電力は化石燃料よりも大幅に安価になると予測しており、最も低コストの電源として太陽光をあげている。しかし、IEEJの試算では、再エネの経済的な実現可能性や天然ガスに対する競争力が大幅に低く見積もられている。
ゼロ・カーボン・アナリティクスは、IEEJが、太陽光および風力の発電コストを、IEAおよびそれに近いブルームバーグNEF(以下、BNEF)の推計よりも56〜108%高く計上していると指摘する。
同様に、IEEJは天然ガス火力のコストを、IEAの推計よりもはるかに低く見積もっている。CCSを備えたガス発電のコストが、CCSを導入しないガス発電の予測(IEAやBNEFによる)よりも15~38%高く見積もっているが、これは科学的研究と一致していない。最近の研究によると、ガス発電所にCCSを追加すると、発電コストが大幅に上昇する可能性があり、場合によっては最大70~100%上昇する。CCSの導入コストは将来的に低下する可能性があるが、それでもCCSを備えていない発電所のコストと同等の水準になる可能性は極めて低い。
また、IEAは送電網の技術躍進によって、再エネの統合が進み、天然ガスの需要が減少すると見込んでいるが、一方でIEEJは、送電網および立地の制約が再エネ導入の障害になると予測している。さらにIEEJは、再エネを支える手段として蓄電池の活用やデマンドレスポンス*の強化を優先するのではなく、バックアップ電源として火力発電を優先すべきとの立場を取っている。
*デマンドレスポンス、電力の需要と供給のバランスを一致させるために家庭や事業者など、消費者側の需要を調整する仕組み
しかし、ゼロ・カーボン・アナリティクスは、2030年代から2040年代の東南アジアにおいて、天然ガスは太陽光および風力よりも依然として高コストであり続けると指摘する。天然ガスの発電コストは2050年まで横ばいに推移する一方、太陽光の価格は今後徐々に低下し、陸上風力は2040年までに低下した後、安定すると見込まれている。
天然ガス需要予測と高排出社会の未来
IEEJが示す2つのシナリオは、気候危機の抑制を目指す世界の取り組みにとって壊滅的な結果をもたらす可能性がある。レファレンスシナリオでは、エネルギー分野における二酸化炭素排出量は2050年時点でわずか4%しか減少せず、世界の気温は2.5〜3℃上昇する可能性があるとされる。ゼロ・カーボン・アナリティクスは、これがIEAの「公表政策シナリオ(Stated Policies Scenario、STEPS)」はもちろん、エクソンモービルのグローバルアウトルックや、BPの「現在の軌道シナリオ(Current Trajectory scenario)」と比較しても、最悪の排出水準であると指摘する。
技術進展シナリオでは、2050年までに二酸化炭素排出量が62%減少するとされているが、それでも約2℃の温暖化が見通される。「野心的」とされるこのシナリオでさえ、IEAやBP、Shellが掲げる「ネットゼロシナリオ」とは比較にならない。
IEEJの分析では、再エネではなく天然ガスを東南アジアのエネルギーシステムの中核と考える姿勢が明確に示されている。IEEJは「再エネの適正な比率は約60%」と試算しており、それを超えると導入コストが高くなると主張する。代替手段として提案されているのは火力発電だ。しかしゼロ・カーボン・アナリティクスは、この主張がIEAやBNEFなどの信頼性の高い機関の見解と食い違っていると指摘する。IEA、BNEFともに再エネの方がはるかに安価であり、東南アジアの実情にも適していると分析しているのだ。
日本産業界が後押しする天然ガス偏重の予測
IEEJは、日本およびアジア太平洋地域に向けたエネルギー分野の分析と政策提言を行う研究機関である。たとえば、バングラデシュの国家電源開発計画の設計にも深く関与しており、同国では2050年における最大の電源として天然ガスが位置付けられている。
IEEJは1966年に当時の通商産業省(現経済産業省)によって設立された。2012年に独立機関になったが、現在も政府との緊密な関係を維持している。現会長兼CEOは経済産業省の元事務次官、局長経験者であり、他の幹部も同様に経済産業省出身者が多い。
また、IEEJの活動資金は100社以上の企業から提供されており、産業界との結びつきも強い。ただし、出資企業の具体名やそれぞれの役割については公表されていない。
ゼロ・カーボン・アナリティクスによれば、IEEJは過去にも極めて高い天然ガス需要を予測してきた。2025年のレポート「IEEJ Outlook 2025」においても、その予測は石油ガス業界大手企業の予測を上回る水準となっている。
IEEJの見通しは、日本政府および産業界が長年維持してきた、再エネを軽視し、天然ガスや化石燃料技術を重視する政策方針と合致している。こうした傾向は、日本のNDC(国が決定する貢献)改定案への弱いコミットメントからも明らかだ。しかし専門家は、天然ガスや化石燃料技術は再エネに比べて高コストで、汚染リスクが高く、エネルギー安全保障にも悪影響を及ぼすと警告している。
日本がアジア全域に広げたLNG市場
日本政府および日本企業は、グリーントランスフォーメーション政策(GX)やアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)の枠組みのもと、アジア全域でLNG市場を積極的に拡大させてきた。
輸入ターミナルや火力発電所、パイプラインへの投資がその一環だ。マーケット・フォーシーズ(Market Forces)の調査によれば、日本商社は、南・東南アジアにおいて太陽光や風力の8.6倍ものガス火力発電設備の建設を計画しており、地域のエネルギー転換を妨げている。
さらに、日本政府はバングラデシュ、フィリピン、タイ、ベトナムなどの国において、再エネではなくガスやLNGを優先するよう国内のエネルギー政策に強い影響を与えてきた。専門家たちは、こうした戦略が一部の国で既に顕在化している問題をさらに悪化させると懸念している。つまり、脱炭素化をさらに遅らせ、気候危機を深刻化させ、大気汚染の悪化、および健康被害の増大を引き起こし、エネルギー安全保障や経済的リスクを高めると考えられているのだ。
日本政府は、トランプ米大統領に対して、関税回避の見返りとして過去最高水準のLNG輸入を約束した。
▶︎【日米首脳会談】石破がトランプに約束した「記録的数量」のLNGについて詳しく読む
FoE Japanの長田大輝氏が指摘するように、日本政府はLNGが国内エネルギー安全保障に寄与すると主張しつつ、実際には輸入したLNGを他国に輸出している。
国内需要を減らしているにもかかわらず、輸入量を維持した結果、転売量は2018年度以降2.5倍に増加し、2023年度の日本企業によるLNGの海外転売は過去最高を記録した。
▶︎過去最高を記録した日本のLNG海外転売量について詳しく読む
その転売量は「オーストラリアを超え、世界最大級」だと長田氏は指摘する。輸出先の中心は東南アジア諸国だが、同地域ではすでに最も安価な新規電源として再エネが確立されつつある。
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IEEJの見通しの信頼性を問う声
インフルエンスマップによれば、日本経済団体連合会(以下、経団連)は、日本における多くの気候変動規制に対して否定的なロビー活動を展開してきた歴史があるという。経団連は現在も炭素税の導入や火力発電の段階的廃止に対して反対の立場を取りつつ、LNGや水素、アンモニア混焼といった化石燃料ベースの技術への投資を積極的に支持している。
また、JERAのCEOは、再エネのような断続的な電源だけで地域経済を支えるのは「難しい」と述べ、移行期にはガスの活用が不可欠だと主張している。三菱重工のCEOもまた、「再エネ主導のエネルギー転換はアジアにとって非現実的だ」と発言している。
こうした政府の気候変動対策への消極姿勢と、産業界の化石燃料依存が相まった構造を考えると、IEEJの天然ガス需要の見通しの信頼性には疑問が残る。とりわけその内容が、IEAやBNEF、さらには石油ガス業界大手の報告結果すら上回っている点は看過できない。
IEEJの見通しが、専門性に基づいた客観的な市場予測なのか、それとも日本のLNG転売を正当化するために「天然ガスの経済合理性」を海外市場に訴える意図があるのかは定かではないが、方向性の決断に必要な科学的根拠はすでに十分に揃っている。
この記事はEnergy Tracker Asia掲載のViktor Tachevによる記事 “IEEJ Predicts Strong Natural Gas Demand; Experts Find it Unrealistic”(公開日2025年5月26日)を翻訳、編集の上公開しています。