LNGとは救世主か罠か? 化石燃料のリミットはあと何年
建設中のLNG貯蔵タンク Photo: Phonix_a Pk.sarote/Shutterstock
2025年4月14日 – Kate Mackenzie / Independent writer, researcher, and consultant Tim Sahay / Co-director of the Net Zero Industrial Policy Lab at Johns Hopkins University
日本を筆頭に、多くの国が信じてきたLNGの「橋渡し燃料」という肩書きが揺らいでいる。
この記事の要旨
ロシア政府によるウクライナ侵攻を契機に、欧州はロシア産ガスからの脱却を急ぎ、液化天然ガス(以下、LNG)のインフラ整備と輸入を加速させた。
これにより世界のLNG需要が急増し、新興国では価格高騰や供給不足による深刻な影響が生じる一方で、多くのLNGターミナルが稼働率低迷や過剰投資に直面。天然ガスが「橋渡し燃料」として機能するという前提は揺らいでおり、さらに再生可能エネルギーと蓄電技術の進化および低コスト化により、LNGの将来は不透明だ。
その中で日本はLNGバリューチェーンの中核プレーヤーとしてLNGで収益を上げることにこだわり、新興国に対し化石燃料のインフラ固定化を推進する。LNG市場の地政学的役割とその持続性に対する再評価が求められている。
欧州のエネルギー危機とLNGインフラの拡張
2022年2月にロシア政府がウクライナに侵攻したことで、欧州、とりわけドイツの産業界は大きな打撃を受けた。年間1,500億立方メートルもの天然ガスがロシアからパイプラインで供給されていたが、その大半を短期間で他のエネルギー源に置き換える必要が生じたのだ。
あらゆる手段が講じられた。停止していた原子力発電所や石炭火力発電所が再稼働し、太陽光、風力発電の承認数は急増、そしてLNG輸入ターミナルの大規模かつ迅速な建設整備が進められた。
ロシア産ガスからの依存脱却を目指す「リパワーEU(REPowerEU)」計画の下、ロシア政権によるウクライナ侵攻が開始してからの3年間で、約800億立方メートル分のLNG輸入能力が新たに欧州に構築された。2030年までにさらに同量の追加整備が予定されている。
欧州のLNG需要急増は、パキスタンやバングラデシュといった経済水準の低い国々に直接的に犠牲を強いる結果となった。2022年、これらの国に向けて契約されていたLNG輸送が、はるかに高値を提示した欧州のエネルギー企業へと振り向けられたのである。
加熱したLNG建設ラッシュの反動と過剰投資の実態
振り返ってみると、この建設ラッシュは狂気じみていた。受入能力は増加しているにもかかわらず、すでに複数のプロジェクトが中止され、新設ターミナルの稼動率は50%を大きく下回っている。アナリストの推計によると、欧州のLNGインフラ建設における過剰投資の規模は、ドイツ、フランス、ポーランドの年間のガス需要を合わせた量に匹敵するという。
2019年、テキサス州フリーポートLNG施設の輸出許可拡大を発表する場で、当時のトランプ政権のエネルギー省高官は「アメリカの自由の分子(molecules of US freedom)を世界に輸出できることを誇りに思う」と述べた。
それから6年後の現在、ロシア政府のウクライナ侵攻からイスラム武装組織のフーシ派による航路妨害、LNG販売が米国の通商交渉の駆け引き手段として用いられる事例まで、化石燃料によるエネルギー安全保障の危機を伝えるニュースが後を絶たない。その中心にあるのは、多頭のヒドラのように複雑なLNGのグローバル市場である。
LNGとは何か? ガス業界による猛プッシュ
LNGの世界的な使用量は、2009年以降2倍以上に増加している。このLNGブームは、業界推進派による組織的かつ効果的なプロモーション戦略によって後押しされてきた。確かに、天然ガスは柔軟性が高く、用途も多岐に渡る。石炭火力発電や家庭での薪利用といった大気汚染の原因となるエネルギー減を代替することで、年数百万人もの規模の死亡リスクを下げる可能性すらある。
発電用途や産業用エネルギーとしても使用可能であり、マイナス162度に冷却することで液体化され、専用のタンカーで世界各地に輸送された後、再び気化させ燃料として利用されるLNG、つまりメタンガスは長年「橋渡し燃料」と呼ばれてきた。石炭よりもクリーンとされる特性から、完全な脱炭素に至るまでの中間的ステップとして推奨されてきた。
この「橋渡し燃料」というナラティブは、1980年代に米国のガス業界によって打ち出され、2000年代後半から2010年代初頭にかけ、フラッキング(シェールガス)革命*によって価格競争力が高まる中、環境団体や民主党政策担当者らによって広められていった。しかし、その後の研究やモニタリングによって、石炭と比較した天然ガスの気候変動対策上の優位性は当初考えられていたほど大きくないことがすでに明らかになっている。
そして現在、業界は、天然ガスはもはや「橋渡し」ではなく、恒久的な「ベースロード電源」であると主張し始めている。ガスインフラの拡大が結果的に「地球沸騰化」を促進する化石燃料への依存を長期的に固定化するだけではないかという懸念はいよいよ現実のものとなってきた。
*フラッキング革命、シェールガス革命
米国において、これまで掘削困難とされてきた地下2,000メートル以深のシェール層の採掘が、2006年以降、水圧破砕法(フラッキング)という技術革新によって本格化した。
石油石炭そしてLNGの歴史
石油は現代において、そしておそらく人類史上最も重要なエネルギー資源だ。石油資源の支配と輸送ルートの掌握、採掘、輸送、精製コスト、石油需要の(非)弾力性、これらすべてが1世紀以上に渡って世界の地政学において過大な役割を演じてきた。
一方、石炭の歩んできた道のりは、これとは異なる。石炭は豊富に存在し、産業拠点への輸送も比較的容易だったため、広く利用された最初の化石燃料となった。確かに、石炭も石油と同様にコモディティ(市場商品)として扱われているが、その大部分は産出国内で消費されており、国際取引されるのは全体の6分の1にも満たない。加えて、石炭市場の規模は、年間1兆ドルを超える石油市場の1割以下であり、世界経済における重要性ははるかに小さい。
石油の国際海運は第二次世界大戦前にはすでに整備されていたが、LNGの国際取引が本格化するのは1960年代半ば、アルジェリアの新たなガス田から英国への輸出が始まってからだ。LNGを冷却、輸送、再ガス化するための特殊設備にかかるコストのために、当初は石炭やパイプラインガスに対する競争力に欠けていた。
しかし、2000年代に入り、中国や韓国製の安価な設備と技術革新によってコストは大幅に低下した。ただし、LNGの典型的な市場サイクルインフラは、設備不足や熟練労働力の不足がすぐにボトルネックとなり、コストは激しく変動し続けた。
2010年代初頭に登場した浮体式LNGターミナル(FLNG)により、海底ガス田から液化ガスを迅速に輸送可能とする技術革新が実現した。これにより輸入および貯蔵能力の整備も迅速化した。2022年にドイツがロシア産ガス依存からの脱却を急ぐ中、当時のショルツ首相は、ヴィルヘルムスハーフェン、ブルンスビュッテル、ルブミンの各港にFLNGターミナルの建設が過去最速で完了したと誇らしげに語った。最初の設備はわずか10か月足らずで完成したという。後任のメルツ首相は、「ドイツ国内にガス火力発電所を50基建設し、即時に系統接続する」と意向を表明している(なお、ドイツは現在もシャドーフリート*を通じてロシア産LNGを輸入している)。
*シャドーフリート
「影の船団」と呼ばれる、経済制裁対象国の原油や石油製品などの輸送に利用される密輸組織。その組織構造は複雑で、また、タンカーや船舶の多くが老朽化し、メンテナンス不足であることが指摘されている。
石油時代の終焉とLNGの台頭
石油の成長フェーズがすでに終焉を迎えたことは、もはや否定しがたい事実だ。その中で、年間取引規模約2,500億ドルに達するLNG市場は、新たな地政学的通貨の様相を呈しつつある。2025年頭には、米国産LNGの購入がトランプ政権との関係改善の手段となる可能性があったが、2月以降、アメリカの対外姿勢が取引的であると同時に予測不可能かつ強硬であることが次第に明白となり、日本をはじめ、欧州委員会、インドなどによる模索的な働きかけは勢いを失った。
LNGの急成長は、しばしば石油の軌跡になぞらえられる。確かにエネルギーシステムや地政学における重要性が増している点は共通しているが、同時に明確な相違点も存在する。
LNGの普及によって、天然ガスはグローバルに取引可能で代替性を持つ資源となったが、一国がLNGを本格導入するには、高額なインフラ投資を正当化するだけのリスク許容度が必要となる。投資サイクル、戦争、輸送ルートの寸断といった不確実性は避けられないからである。石炭と石油しか選択肢がなかった時代であれば、こうしたリスクも容認されただろう。
しかし、LNGの台頭は、再生可能エネルギーと蓄電技術の進化と同時進行している。この組み合わせは、学者のエリザベス・サーバーンが「エネルギー地政学(energy statecraft)」と呼ぶものの本質を根本から変化させる。
特に太陽光発電は価格競争力を急速に高めており、安定供給のために必要な蓄電池の価格も下落傾向にある。太陽光は輸入燃料への依存を低減する観点からも有利だ。これは、LNGが石油のような戦略的資源となる道筋や、業界が予測する2040年までの継続的な成長さえも、もはや保証されないことを意味する。
日本のLNG輸入量とバリューチェーン全体への投資
オーストラリア、米国、カタールは、世界有数のLNG生産国であり、かつ世界トップの輸出国でもある。その一方で、エネルギー資源に乏しい日本は、LNG業界においては「クジラ」のような存在だ。2023年、日本のLNG関連ビジネスは(世界中を回遊し)140億ドルの利益を生み出した。
天然ガス資源を自国に持たない日本は、世界有数のガスタービン製造企業とトレーディング企業を擁し、LNG船の保有数でも世界最多を誇る。日本企業は、上流のガス田開発から、液化、再ガス化、ガス火力発電タービンに至るまで、LNGバリューチェーン全体にわたって出資する。日本企業は、米国、オーストラリアから東南アジアに至るまで、世界各地のLNG輸出入ターミナルやガス田への主要投資家となっている。
日本の公的金融機関は、2024年以前の10年間で、海外ガス関連事業に930億ドルという驚異的な公的資金を投じてきた。たとえば、世界のLNG生産量の20%を占めるオーストラリアは、その供給の大半を日本へと輸出しており、日本はそのうちの半分以上を他国に転売している。皮肉なことに、オーストラリアは自国向けのLNG確保に失敗し、人口が集中する南東部では、現在日本から市場価格でLNGを逆輸入せざるを得ないという状況に直面している。
ブルームバーグによると、日本の国有機関であるエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、「新興国政府関係者向けの定期的な研修合宿」を開催しており、内容には「LNGの基礎に関する短期集中講座」に加え、京都観光が含まれるという。
日本の大手企業による天然ガス関連の利益は、国内の家電産業と同等の規模に達している。供給元の多様化、上流投資、ターミナル整備支援を通じて、日本はLNG市場全体の拡大を牽引してきた。
▶︎「日本型モデル」のLNG投資とは
長期からスポット契約へーーLNG市場の変化
LNG市場が急成長する中、その取引方法も劇的に変化してきた。かつては、数十年にわたる長期契約がLNG買い手の「常識」だった。長期契約による収益保証が、ガス採掘、大規模液化施設の建設、専用輸送船の調達という莫大な初期投資を可能にしてきたのだ。
2009年時点でLNG取引の8割以上は長期契約に基づいていたが、2021年にはそれが3分の2を下回り、今もその比率は低下し続けている。「ポートフォリオプレイヤー」と呼ばれる金融仲介業者の台頭により、LNGの取引は柔軟性を増している。ポートフォリオプレイヤーは、契約ベースの販売よりもスポット市場での取引を重視する傾向で、保有LNGの約半数は未契約(オープン)状態にある。これは買い手にとって調達の柔軟性を高める一方、災害、戦争、輸送障害といった事象により価格急騰などのリスクが顕在化しやすいという側面もある。米国産LNGは、供給先を柔軟に設定できる点が特徴である。これは逆にいえば、売り手が買い手を確保できずに在庫を抱える可能性があることを意味する。
また、カタールは2030年までに輸出量をほぼ倍増させる計画を進めており、その設備拡張は、確定販売契約をほとんど持たない状態で進行している。カタールの、この戦略的な賭けは、他の供給国(オーストラリア)の供給量が減少、あるいは(米国、モザンビークなどで)供給が不安定化するとの見通しに基づいていると考えられる。また、依然として日本をのぞく東アジアの需要が堅調に維持されるとの見方にあるようだ。しかし、カタールのLNGタンカーは、紅海のバブ・エル・マンデブ海峡がフーシ派によって封鎖されたために、アフリカ大陸を大きく迂回して欧州へと向かう必要に迫られた。
LNG需要の将来と需要国の戦略的転換
業界団体の間では、LNG需要は2040年代まで堅調に拡大するとする見通しが支配的である。LNGの黎明期からその普及を強力に後押ししてきたシェル社は、今後の成長市場としてベトナムなどの東アジアの発展途上国や中国を挙げている。
しかし、こうした見通しに反する動きもすでに顕在化している。南アジアでは、パキスタンがLNGブームからLNG供給過剰状態へと急転した。2022年、欧州諸国がLNG調達でパキスタンよりも高値を提示したことで、同国向けの契約済みLNG船便が他所に振り向けられ、家庭や工場に深刻な停電が発生した。これを受けて、パキスタン政府が中国製の安価な太陽光パネルを用いた自家発電導入を促進する政策を打ち出した結果、驚異的な太陽光ブームに発展。2020年以降、国内には約30ギガワット分の太陽光パネルが流入し、LNG需要を急落させた。
インドのような強大な輸入国は、LNG使用量を着実に増やしてはいるが、新規供給のロックインには慎重な姿勢を取っている。スポット市場での調達が契約ベースの調達よりも安価であることが多いため、長期契約の比率を抑え、市場状況に応じた柔軟な取引を志向している。インドの長期LNG契約は2028年以降大幅に減少すると見られる。
これに対し、供給側では、カタールの輸出拡張、米国の供給拡大見込み、さらにはパキスタンおよび中国の需要減退といった要因が複合的に絡み合っており、LNG市場の需給バランスに対する中長期的な見通しは一層不透明になりつつある。
化石燃料依存が引き起こす国家リスク
取引可能だが価格変動の激しいコモディティに依存することは、国家として本質的に高いリスクをともなう。輸出国にとっては、特定資源への過度な依存が、国際市況の変動に左右される国家財政の不安定性を招く。
実際、原油輸出国の中で主権的な価格リスクヘッジを成功させた国はメキシコのみであり、OPEC+においても小規模加盟国はしばしば割を食うような割当決定を受けている。
輸入国側にとっても、エネルギー安全保障やインフレのリスクが高まる。2022年に西欧諸国が経験したように、LNGのような燃料に依存することで、供給逼迫時に深刻な価格高騰が起こり得る。
天然ガスは、その柔軟性、多用途性、そして可搬性ゆえに重宝される一方で、LNGという形態を取ると、その構造的な価格変動性や、地政学的緊張下での供給リスクが顕著となる。
これらの要素は、LNGが将来のエネルギーミックスにおいて果たす役割が、業界が主張するほど確実ではないことを示す。いかなる輸出国であっても、石油ガス需要の減少からは逃れられない。バブ・エル・マンデブ海峡からパナマ運河に至るまで、LNG輸送の要衝は封鎖や妨害のリスクに晒されている。ゆえに、産油国、産ガス国も、また購入側の国や企業も、新たなインフラ投資や長期契約によって将来的な化石燃料依存を固定化する前に、再考が必要である。液体化されたものは、いずれ空中に溶け去る可能性があるのだ。
この記事はPhenomenal World掲載のKate Mackenzie, Tim Sahayによる記事 “Molecules of Freedom”(公開日2025年3月28日)を翻訳、編集の上公開しています。