【原油価格急落へ】揺らぐ見通しと石油時代の終焉
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2024年12月12日 – Energy Tracker Japan
1950年代、中東やアフリカで相次いで大油田が発見されてから、世界の石油の需要は飛躍的に増加した。日本では1960年以降の石炭価格の上昇にともなって、石炭に代わり石油がエネルギーの主役に躍り出た。高度成長期をはじめ、日本の経済成長を牽引してきた石油産業だが、国際的には石油時代の終焉が見え始めている。
化石燃料価格の下落
原油や液化天然ガス(以下、LNG)などの化石燃料は、2030年までに電力利用の多様化などで需要が減少に転じ、中東やロシアなどからの供給量とのバランスが崩れ、大幅に値下がりすることが予測されている*。なかでも原油価格は、取扱大手の財務リスクに影響する水準の値崩れを起こす可能性が高い。
要因としては、中国と欧州の原油需要の減少があげられる。これが、石油輸出国機構(以下、OPEC)の供給抑制による影響を相殺し、在庫量を増やしている。中国を筆頭に、電源により安価な電気が選ばれている中、生産国からの石油供給は増加中だ*。
国際エネルギー機関(以下、IEA)のファティ・ビロル事務局長は、「今世紀後半に世界のエネルギー市場は新しい局面を迎える。石油とガスの時代から、急速に電気の時代へと移行している」と指摘する*。
このため石油メジャー(採掘から販売までを通して石油を取り扱う巨大企業)は、2023年よりも平均1バレル当たり10〜15ドルの価格下落に直面する可能性が高い。スタイフェル・ファイナンシャルのアナリスト、クリス・ウィートン氏は原油価格が1ドル下がるごとに、1バレル当たり0.50ドルのキャッシュフローの減少が見込まれると分析する。これは年間約300億ドルの損失に相当する*。
再エネ電気の時代へ
一方、世界の電力需要は、人口の激増やEV車の普及、デジタル化加速などで、今後ますます増えていくとみられている。
2024年1月時点で、世界のデータセンターやAI等による電力需要は、2022年の460TWhから2026年には最大1,050TWhまで増加する見通しだ*。2035年までにはおよそ年間で日本1カ国分の電力に相当する需要の上積みが生じると考えられている*。
結果、2030年の世界のエネルギー消費に占める化石燃料の割合は、現在の80%から73%に低下すると予測される。さらに気候変動対策の観点から、電源構成における再生可能エネルギー電力の割合が、現在の30%から50%へと急拡大する見通しだ*。
反対に化石燃料の需要は全面的に減少し、2030年以降も減少の勢いは加速するというのがIEAの見方となる。
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世界の脱炭素目標の現在
世界の気候変動対策に目を向けると、至上命題となる温室効果ガス排出削減は筋書き通りに進んでいるとはいえない状況にある。
2015年にパリ協定で合意された気温上昇を産業革命以前と比べて1.5度以内に抑える目標を達成するには、2030年までに2010年比で二酸化炭素排出量を45%、2050年頃には正味ゼロに削減する必要がある。
しかし、2023年が観測史上最も気温の高い年となり、世界全体の温室効果ガス排出量も過去最高を記録している。そして2024年は観測史上最も高気温だった昨年の記録を「ほぼ確実」に更新するとみられている。
アメリカ | 2030年に2005年比で50~52%の削減 |
イギリス | 2030年に1990年比で少なくとも68%削減 |
EU(フランス、イタリア) | 2030年に少なくとも1990年比で55%削減 |
ドイツ | 2030年に1990年比で65%削減 |
カナダ | 2030年までに2005年比で40~45%削減 |
インド | 2030年までにGDP当たりCO2排出量を2005年比で45%削減 |
中国 | 2030年までにCO2排出量を削減に転じさせる |
ブラジル | 2030年までに2005年比で50%削減 |
世界気象機関(WMO)は、今後5年間で世界は産業革命以前より1.5度以上高い年間平均気温を記録する可能性が高いと発表している。2023年の世界平均気温は産業革命前と比較して1.48度高かった*。
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日本のNDC排出削減目標案に批判
日本は2020年10月に、菅義偉元首相のもとで2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言している。
パリ協定では、世界各国が温室効果ガスの排出削減目標を「国が決定する貢献(NDC)」として、5年ごとに更新、提出することが義務付けられた。
現在、日本政府は2025年2月までに国連に提出する次期削減目標の策定を行なう。しかし、示された「2035年度までに13年度比60%減、40年度までに73%減」という目標案には、数字の不十分さに批判が大きく、議論のあり方にも疑問を呈する声が上がっている。
2023年に開催された国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)では、1.5度整合のためには「2035年までに19年比60%減が必要」と明示されており、それを下回る現在の目標案では国際的な批判も免れないだろう。
食い違うシナリオをどう見るか
IEAは石油、天然ガス、石炭の需要は、この10年でピークを迎えると予測する。脱炭素目標への整合性からも、需要減の見通しに議論の余地はないように見える。しかし、各方面の長期展望には今も隔たりがある。
例えば、OPECは、2024年および2025年の石油需要の伸びについて、7月から5カ月連続で見通しを下方修正したが、それでも予測内容は他の多くの石油業界の予測よりも大幅に高い。11月時点で、IEAの予測と比べておよそ2倍ものずれが見られた。
ロシアエネルギー省も石油需要は2030年までに、日量で最低500万〜700万バレル増加、2050年までに最低5%成長すると強気な予測を持っている。ところが、IEAは2024年の需要の伸びは日量99万バレルにとどまると見ている。
LNGに関しても、日本のシンクタンク、日本エネルギー経済研究所(IEEJ)が、世界のLNG需要は、アジア新興国にけん引され、2050年にほぼ7億トンに達する堅調な伸びを続けると予測するのに対して、IEAは10月16日にLNGが供給過剰に転じる予測を発表した。温室効果ガス削減の必要性が高まることで、余剰はより大きくなる可能性があると示唆している。
→日本は国内大手企業の商機拡大にLNG転売戦略を使う
エネルギーのシナリオはこれまでも政治的、経済的な意図に大きく左右されてきたが、科学的に実証されている気候危機の分岐点は間近に迫っている。日本を含めた各国は、時代の変遷を見越したエネルギー方針を求められる。