国際競争に挑む日本発のペロブスカイト太陽電池
Dennis Schroeder _ National Renewable Energy Laboratory
2024年11月8日 – Energy Tracker Japan
日本の研究者から生まれたペロブスカイト太陽電池は、従来の太陽電池にはない特徴を持ち、再生可能エネルギーの導入拡大の切り札として期待されている。日本は2025年の事業化を目指しているが、普及にはさまざまな課題があり、国際競争も激化している。果たして、日本発のペロブスカイト太陽電池は世界をリードすることができるのだろうか。
ペロブスカイト太陽電池とは
「薄い、軽い、柔らかい」という特性を備え、次世代型太陽電池として注目を集めるペロブスカイト太陽電池。現在主流のシリコン系太陽電池とは異なり、ペロブスカイト太陽電池は薄いフィルム状で、手で簡単に曲げられるほどの柔軟性を持つ。また、重量もシリコン系太陽電池のおよそ10分の1程度と非常に軽い。
このようなペロブスカイト太陽電池の特性は、「ペロブスカイト構造」と呼ばれる特殊な結晶構造を持つ化合物によって生み出される。「ペロブスカイト」とは、特定の結晶構造の一種を指し、この構造をもつ物質は太陽電池だけでなく、さまざまな電子部品にも利用されている。
さらに、ペロブスカイト太陽電池を構成する化合物は、ヨウ素などの無機物に加え、メチルアミンといった有機物も含む。有機物を含むことで、有機溶剤に溶かすことが可能になり、フィルム状の基板に直接塗布するだけで製造できるため、大量生産にも適している。
ペロブスカイト太陽電池を初めて開発したのは、桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授である。宮坂教授の研究グループは、ペロブスカイト構造を持つ物質を太陽電池に応用し、日本におけるペロブスカイト太陽電池の研究開発を大きく進展させてきた。
日本発祥のペロブスカイト太陽電池は、太陽光発電の普及拡大を支える「切り札」として期待されている。
ペロブスカイト太陽電池の3つのメリットと日本の強み
ペロブスカイト太陽電池は、特性を活かしてシリコン系太陽電池にはない以下の3つのメリットを提供する。
一つ目は、設置場所の制約が少ないことだ。シリコン系太陽電池は平地や耐荷重のある屋根への設置が基本で、日本ではすでにこれらの場所への設置が進んでおり、主要国の中でも最大級の導入量を誇る。
また、景観や地域共生における課題がともない、適地の制約も増している。一方、ペロブスカイト太陽電池は、平地や屋根に加えて建物の壁面や窓など、従来設置が難しかった場所にも設置可能である。
二つ目は、製造コストの低減が期待できることだ。ペロブスカイト太陽電池は印刷や塗布といった製法で製造できるため、工程を少なくできる。また、レアメタルのような高価な物質は使用せず、手に入りやすい原材料で作られるため、さらに製造コストを抑えることが可能である。普及が進めば、シリコン系太陽電池よりも低コストでの製造が見込まれる。
三つ目は、安定した主原料の供給が可能であることだ。ペロブスカイト太陽電池の主原料であるヨウ素は、日本が世界シェアの26%を占め、チリに次いで生産量が多い。世界でヨウ素の豊富な地域は日本とチリに限られており、全体の90%以上が両国で生産されている。
シリコン系太陽電池が多くのシリコンを輸入に頼る一方で、ペロブスカイト太陽電池の原材料は国内でサプライチェーンを構築できるため、エネルギー安全保障の観点からも優位性がある。
このように、ペロブスカイト太陽電池には日本にとって有利な条件が揃っているのだ。
ペロブスカイト太陽電池の普及に向けた課題
日本政府は2025年の事業化を目指し、官民一体となって取り組みを進めているが、ペロブスカイト太陽電池はその普及に向けて解決すべき課題も少なくない。
まず技術的な課題として、変換効率と耐久性の向上が挙げられる。変換効率は、太陽光のエネルギーをどれだけ電気に変換できるかを示す指標で、シリコン系太陽電池が20%台であるのに対し、現時点で事業化を見込めるペロブスカイト太陽電池は15%程度とされている。ただし、研究段階では25%を超える変換効率も達成されており、今後さらに効率が上がる可能性がある。
耐久性については、現在のペロブスカイト太陽電池の寿命が10年程度とされる一方で、シリコン系太陽電池は20年以上の耐久性を有する。ペロブスカイト太陽電池は水分、熱、紫外線に対して劣化しやすい。しかし、これも材料や製造プロセスの改善によって耐久性を向上させる研究が進んでいる。
次に、需要面での課題もある。2025年からの事業化が予定されているが、すぐに価格が下がるわけではないため、普及を促進するにはFIT(固定価格買取制度)やFIP(フィードインプレミアム)といった政府による需要支援策が必要となる。
シリコン系太陽電池が普及した際にはFITが大きな役割を果たした。一方で、これらの支援策の財源には国民負担による賦課金が含まれるため、適切な買取価格の設定が重要となるだろう。
中国との国際競争を制するには
ペロブスカイト太陽電池の事業化において、日本が国際的な競争力を高め、太陽電池市場の主導権を握ることは極めて重要だ。
かつて日本はシリコン系太陽電池の技術開発で成功し、2000年頃には世界シェアが50%を超えるなど、太陽電池市場をリードしていた。しかし、2005年以降、中国をはじめとする海外企業に市場を奪われ、現在の日本のシェアは1%にも満たず、国際競争で大きく後れを取った形となっている。
ペロブスカイト太陽電池についても、日本は高い技術力を背景に世界をリードし、多くの特許を取得している。特許庁の「令和元年度大分野別出願動向調査」によると、特許出願件数の上位10者のうち3者を日本企業が占めている。
順位 | 出願人 | 件数 |
1 | 積水化学 (日本) | 148 |
2 | 富士フイルム (日本) | 99 |
3 | LGエレクトロニクス (韓国) | 79 |
4 | メルク (ドイツ) | 78 |
5 | オックスフォード大学 (英国) | 75 |
6 | スイス連邦工科大学 (スイス) | 73 |
7 | Hee Solar (米国) | 69 |
8 | パナソニック (日本) | 57 |
9 | 華中師範大学 (中国) | 47 |
10 | KRICT韓国化学技術研究所 (韓国) | 44 |
しかし近年、中国や韓国の企業が特許出願件数で急速に追い上げ、日本の出願件数を上回る状況に至っている。
ペロブスカイト太陽電池における国際競争がますます激化する中、日本はシリコン系太陽電池での失敗を繰り返さないためにも、さらなる産業競争力の向上が求められる。
実用化に向けて実証実験を進める日本企業
現在、多くの日本企業がペロブスカイト太陽電池の実用化を目指し、技術開発や実証実験に積極的に取り組んでいる。以下に代表的な事例を紹介する。
積水化学工業は、フィルム型ペロブスカイト太陽電池の「ロールtoロール」連続生産方法を開発し、10年相当の耐久性と15%の変換効率の実現に成功した。2023年1月には、フィルム型ペロブスカイト太陽電池を使い、世界で初めて高層ビルの壁面でのメガソーラー発電を実施することを発表するなど、実証実験を進めている。
パナソニックホールディングスは、ガラス建材一体型のペロブスカイト太陽電池の開発を行い、「発電するガラス」として2023年8月から実証実験を開始した。このガラス型はフィルム型に比べて耐久性が高く、ガラス建材一体型の実証実験は世界初の試みである。
KDDIは、2023年12月、無線通信基地局へのペロブスカイト太陽電池の導入を目指して、国内初の実証実験を開始すると発表した。同社では、シリコン系太陽電池などと組み合わせた「サステナブル基地局」を構築し、CO2排出削減に寄与する計画だ。
YKK APは、2024年7月に建材一体型のペロブスカイト太陽電池をトレーラーハウスに導入する実証実験を開始した。内窓に設置することで、施工やメンテナンスの効率向上も目指している。
富士フイルムホールディングスは子会社の富士フイルム和光純薬が中心となって、ペロブスカイト太陽電池に関する試薬を売り出す。開発者の宮坂教授が20年勤務した古巣でもある化学メーカーの強みを活かす。
こうした日本企業の取り組みを支援するため、経済産業省は2024年5月に新たに官民協議会を設立。官民が一体となり、国際競争に勝つための体制強化が進められている。
ペロブスカイト太陽電池が今後のエネルギー戦略において、いかに重要な位置づけを果たしていくのか、注目が集まる。