水素社会は実現しないのか 夢のエネルギーは絵に描いた餅?
2024年7月30日 – Energy Tracker Japan
最終更新日:2024年8月20日
燃焼時にCO2が発生しないため、国が脱炭素の切り札として推進する水素エネルギー。しかし、現実には、製造時に発生するCO2の問題や、取り扱いの難しさ、価格など、多くの問題をはらんでいる。なぜ日本は水素に熱狂するのか。水素は本当に夢のエネルギーなのか。水素エネルギーの実際を紐解く。
水素エネルギーとは何か
ーー水素社会が実現しないといわれるのはなぜなのか。
日本政府が、クリーンエネルギー移行の切り札として据える水素エネルギー。「夢のエネルギー」、「次世代エネルギー」と形容される水素は、実際にはどのようなものなのだろう。
水素エネルギーとは、水素火力の電気と、水素と酸素を化学反応させて発生させた電気に大別される。
一つ目は、火力発電で石炭や天然ガス等の化石燃料を燃やして電気をつくるように、水素自体を燃やして発電される「水素による火力」を使った電気だ。
これは一般の火力と同様に、水素(もしくは水素とそのほかの燃料)を燃やした蒸気を使う「汽力」と、水素(もしくは水素のそのほかの燃料)をガスタービンで燃やす「ガスタービン」、汽力とガスタービンの混合タイプ等に分類することができる。
そして、もう一つが、日本では「燃料電池」と呼称される、水の電気分解を逆転させた化学反応を使って取り出す電気である。
水素以外の燃料を使わない場合、発電時にはCO2を排出しない。
さらに、宇宙で最も多く存在する元素とされている水素は、理論上は水以外にも化石燃料、バイオマス、下水や汚泥からも取り出すことができ、枯渇の心配がない*。「夢のエネルギー」たる所以だ。
水素の色分け 多様なカラーバリエーション
しかし、水素エネルギーは全過程において、CO2を出さないのかというと、まったくそうではない。CO2排出の視点から、エネルギーとしての水素は次のように色分けされる*。
グレー水素
石油、天然ガスあるいは石炭といった化石資源から抽出される水素。化石資源から水素を取り出す際にCO2が発生しているため、脱炭素にはあたらない。
ブルー水素
グレー水素生成時に排出されるCO2を、貯留技術(CCS)等で回収した水素。安定的な貯蔵は難しく、また日本国内に適した場所もほとんどないため、調達は輸入が前提となる。
グリーン水素
再生可能エネルギーを使って生成された水素。太陽光発電で作られた電気で、水を電気分解して発生させた水素。つまりは、再エネ由来の電気の供給が十分となった未来に現実的になる見込み。
実は水素エネルギーは多様で、そのほかにも、地中、海底などに自然に存在し、天然水素とも呼ばれる「ホワイト」水素や、グレー水素の中でもとりわけ褐炭を原料に生成した「ブラウン」水素など、色分けのバリエーションも複数ある。
これらを見るとわかるように、水素とは、エネルギーとしてゼロエミッションで使うには、越えなければならない高いハードルがいくつもが存在する素材といえる。
日本政府が掲げる水素戦略
日本政府は、「GX(グリーントランスフォーメーション)」として脱炭素化政策を推進させ、「水素社会推進法案」、「CCS(二酸化炭素〈CO2〉の分離回収・貯留)事業法案」などで、水素を脱炭素の切り札に据える方針だ*。
2023年9月の第6水素閣僚会議では、2030年までに9,000万トンの低炭素水素を作るという目標が共有された**。
2050年のカーボンニュートラル達成のために、水素エネルギーの普及が鍵となるという展望の下、予算配分がなされている。文字通り、水素社会を国一丸となって目指す方針である。
現在日本では、こうした政府の水素戦略に、日本の企業や投資家の多くが熱狂を見せている。
川崎重工が開発した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」も話題となった。
しかし、政府が掲げる戦略、展望、そして実現の見込みは、これまでにどれほど精密に評価されてきただろうか。
「夢のエネルギー」の現実、水素社会の矛盾
確かに、水素はどのような用途にも使うことができる。そして、確かに燃焼してもCO2が出ない燃料である。
しかし、ここで一つ、マスコミもあまり報じない盲点がある。それは、化石燃料や太陽光や水力、風力、原子力等の一次エネルギーとは違って、水素エネルギーは、これら一次エネルギーを利用、加工することで得られる二次、三次エネルギーに分類されるということだ。
つまり、一次エネルギーの生産が前提となるので、何から、どのように水素を作り出すのかという過程を含め、CO2排出量を見る必要がある。それが、前述のグレー、ブルー、グリーンの色分けだ。
そして、製造過程でCO2を出さない水素は、コストの問題を抱える。すでにコストがかかっている一次エネルギーの利用が、さらなるコストアップを引き起こしてしまう*。
さらに見過ごせないのが、水素は、濃度が4%を超えて空気中の酸素と反応すると、爆発を起こす危険物である点だ*。輸送、配送も難しく、莫大なインフラ投資を必要とする。
こうなると、なぜ水素を使うのか、という疑問が生じてくる。水素より安くて、便利で、安全なエネルギーはすでに多く存在しているからだ。
水素のはしご
エネルギーアナリストであり、ブルームバーグNEF創設者のマイケル・リーブライク氏は、水素の用途をはしごの概念で分類する。
水素以外が使えない用途がはしごの最上段に位置し、逆に水素以外の有効性の高い用途ほどはしごの下段に位置する。
Aに位置する赤で色付けされた肥料、水素化、水素分解、脱硫等には水素以外の代替手段はないとされる。
しかし、それ以外、特にD〜G大部分を占める黄色に色付けられた用途は電気、バッテリーなどが水素より有効、もしくは代替が可能。
「なぜ水素?」という問いには答えがないのである。
日本が向き合うべきは、「水素社会が実現するか否か」ではない。そもそも、「水素社会は必要なのか」という点だ。
水素と日本の歴史 50年
強行される水素政策の謎が深まる。これには、水素と日本の50年に渡る歴史が少なからず関係しているかもしれない。
世界で初めて水素基本戦略を掲げたのは他でもない日本である(2017年に策定、その後、2023年に改訂*)。
日本と水素の歩みは、さらに1970年代にまでさかのぼる。二度にわたる石油危機による脱石油トレンドがきっかけだ。
この時期に日本で水素活用構想が始まり、さまざまな計画を経て、燃料電池自動車(FCV)開発へとひろがっていく。
2014年には、トヨタが世界初となる水素エンジン自動車「MIRAI(FCV)」を大々的に発表した*。
とはいえ、多くの計画は、成果を出せぬまま頓挫や中止といった結果に終わっているのが実情だ。
FCVにしても、2010年に5万台、2020年に500万台、2030年に1,500万台という販売目標が、2001年に掲げられていたのにかかわらず*、蓋を開けてみると、2023年のFCV国内販売実績はわずか422台にとどまった*。
日本の水素への熱狂の正体は?
日本にとって、水素でのリードは、カーボンニュートラルにかかわらず、かねてからの悲願であったといえる。
しかし、これから水素が割り入ろうというのは、非常に多くの再生可能エネルギーがすでに存在している社会である。
当然だが、世界におけるクリーンエネルギー移行の主眼は気候変動対策のためのCO2削減にある。一方、日本の水素エネルギーへの注力の目的は、国際的な潮流とは少々ずれて見える。
日本は、過去の挑戦や経験値でのリードに固執し、肝心の実現性を見誤っているのではないか。
ジャーナリストからは、採算の見込みのない、補助金ありきの政策に利権を疑う指摘も出ている*。
エネルギー分野には多くの雇用が紐づく。だからこそ、胸算用の誤った技術に賭け続けるリスクには各企業自身が慎重になりたいところだ。